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英語の歴史 10 「リンガ・フランカ」

Lingua Franca

1919年、英語はリンガ・フランカ(Lingua Franca)になり、この頃から英語は商業や外交の世界で最も有力な言語として存続しています。

リンガ・フランカとは?

「リンガ・フランカ」という名は‟フランク族の言語”と訳されます。

これは11世紀から19世紀にかけて、東地中海の多くの異なる国々が取引や商業のために使用していた言語でした。また、多くの国がこの言語を使用しており、フランス語、イタリア語、ポルトガル語、スペイン語、トルコ語、ギリシャ語、アラビア語の要素が含まれていました。

その後、この言語は19世紀に消滅しましたが、「リンガ・フランカ」という表現は多くの国によって互いにコミュニケーションを取り合うための言語として引き続き使われています。そしてフランス語は次のリンガ・フランカとなり、ヨーロッパの外交官の多くはフランス語を外交の共通語として使用していたのです。

英語がリンガ・フランカになったのはいつ?

第一次世界大戦が終わった翌年の1919年、フランス、イギリス、ドイツ、イタリア、日本、アメリカなど戦争に関わった主要国が、ベルサイユ条約に署名しました。この平和条約はフランス語と英語で記述されており、多くの歴史家はこの1919年を英語が外交の世界的言語としてフランス語を上回った年であると考えています。

さらに大英帝国の植民地の多くでは、英語を主要な言語として活用していました。インドのように英語が主言語ではなかった国でも、国際コミュニケーションの言語として英語が使われていました。

第一次世界大戦後

19世紀後半にアメリカがフィリピンを植民地化し、1917年から第一次世界大戦の連合国(イギリス、フランス)と一緒に戦いに参加したにもかかわらず、戦後のアメリカはかなり長い間、隔離政策を維持していました。これは国際的に使われていた英語のほとんどが、イギリス英語のままであったことを意味しています。

1941年12月、第二次世界大戦でアメリカは再び連合国に加わることとなります。1942年にアメリカ軍がヨーロッパに到着した時、イギリスとアメリカ間のコミュニケーションが増え、互いに協力するようになりました。無線通信は音標文字と共に標準化されました。このアルファベットは後に、国際航空輸送協会の標準通話表(フォネティックコード)となり、NATOでも使用されるようになります。

1940年代には、キャサリン・ヘプバーンやケーリー・グラントなど多くのアメリカ人俳優やラジオのプレゼンターが‟Transatlantic Accent ( 間大西洋アクセント)”と呼ばれるアクセントを使用しており、このアクセントはイギリスのRPアクセントによく似ていました。貴族的で洗練されたように聞こえるため、裕福で有名な人々に人気がありました。しかし、このアクセントは第二次世界大戦後すぐに姿を消してしまいます。

1940年代後半から1950年代にかけて、多くのイギリスの植民地が独立しました。これらの国の多くが公用語やディファクトとして公的に英語を使用していました。また1950年代から1960年代にかけて、テレビ、音楽、映画の影響を受け、さらにアメリカはリンガ・フランカとしての英語の社会的地位を高めていきました。

では次回は、現在の英語について見ていきたいと思います。

 

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