EIKOKU GO

Everything British

EIKOKU GO

Everything British

イギリスのクリスマス

クリスマスの歴史

クリスマスはイギリスではとても重要なビッグイベントです。この記事では、クリスマスの由来とイギリスのクリスマスの伝統について見ていきたいと思います。

クリスマスの由来

約2000年前、北ヨーロッパでは12月21日に冬至を祝い、幸運を願って人々はモミの木を家の中で飾り、暖炉をたきました。

同時期にローマでは、12月に‟サートゥルナーリア祭”を行っていました。これは神であるサートゥルヌスを祝う祭であり、 12月25日はローマ人にとっては最も神聖な日だったのです。

やがてキリスト教徒はローマ帝国の宗教となり、4世紀の12月25日はイエス(キリスト)の誕生を祝う日でもありました。面白いことに、イエスの誕生日は不明で聖書にも記されていなかったのです。祝宴や家の中にモミの木を飾ったりするなど、キリスト教徒は異教徒の習慣の多くを取り入れていました。

クリスマスの禁止

イングランド王のチャールズ1世はイングランド内戦で敗れた後、政府はピューリタンによって支配されていきました。ピューリタンはクリスマスをカトリック教の祭典だと信じて嫌っていたのです。そして1647年にクリスマス禁止令が出されました。国民の多くはこの禁止令に反対し、暴動を起こします。彼らはキャロル(クリスマス聖歌)を歌い、祝宴をすることでクリスマスを祝いました。その後1660年には君主制が元の状態に戻り、新しい国王であるチャールズ2世がこの禁止令を終わらせました。彼はクリスマスを再び祝うよう呼びかけ、国民は幸せを取り戻したのです。

ヴィクトリア時代のクリスマス

イギリスはクリスマスツリーの贈り物や装飾など、多くのクリスマスの伝統をドイツから取り入れていました。ヴィクトリア女王(彼女の家族はドイツ人でした)は毎年クリスマスツリーを飾ることを習慣とし、1848年ヴィクトリア女王と夫のアルバート公子(ドイツ人)は、クリスマスツリーの装飾の伝統を世間に広めました。‟The Illustrated London News”という新聞が彼らのクリスマスツリーのイラストを表紙に掲載すると、それを見た国民達がすぐにイラストをコピーするほど人気となりました。

1843年12月19日、チャールズ・ディケンズという人物が小説「A Christmas Carol」を出版しました。この小説は瞬く間に人気となり、発売からクリスマスイブまでの5日間で完売してしまうほどでした。彼の小説は典型的なクリスマス精神について書かれており、ヴィクトリア時代のクリスマスの祝い方に大きな影響を与えました。家族の集いやクリスマスの食事や飲み物、ゲーム、寛大な祝祭の精神などの伝統的文化がチャールズ・ディケンズの小説には書かれています。現代のクリスマス文化が存在するのは彼のおかげだと言っても過言ではありません。

クリスマスがアメリカにやってくる

クリスマスは当初、アメリカの広い地域では祝われていませんでした。 1620年にイングランドから来た最初の移住者は、プロテスタント(キリスト教)であり、クリスマスに対して強く非難していました。実際、アメリカでの最初の1年間はクリスマスの祝宴に嫌悪感を抱いていたため、その日も通常通り仕事をしていました。またクリスマスは、昔のイングランドと同じようにアメリカのいくつかの地域でもピューリタンによって禁止されました。ボストンでも1659~1681年の間クリスマスが禁止されていましたが、この時アメリカの一部の地域では祝われていたようです。

アメリカがイングランドから独立したアメリカ革命(1765~1783年)の後、多くのアメリカ人がクリスマスはイギリスの文化であると見受け、好意を示さなくなりました。

やがて19世紀半ば頃になると、アメリカで再びクリスマスを祝うようになりそれは全国規模まで広がりました。また、チャールズ・ディケンズの小説はアメリカでも人気となり、多くの人々がヨーロッパからの習慣を取り入れていったのです。

Father Christmas vs Santa

イギリスでは、”Father Christmas”はクリスマスを体現化されたものでした。”Father Christmas”はピューリタンによるクリスマス禁止がなくなった後の17世紀半ばにできたものです。元々、”Father Christmas”とは子供達にプレゼントを与えることとは関係がなく、その代わりに祝宴やお祭り騒ぎをすることを意味するものでした。

18世紀後半のアメリカでは、多くのオランダの移住者がクリスマスの習慣をもたらしました。オランダの伝統の一つに、子供達へのプレゼントを持ってくる”Sinterklaas”という人物がいました。このオランダの”Sinterklaas”文化とイギリスの”Father Christmas”文化が融合され、”Sinterklaas”という名前も”Santa Claus”に変わっていったと言われています。

イギリスでは19世紀後半、アメリカのサンタクロースの特性であった「子供達にプレゼントを与える」という文化が、イギリス人によって行われるようになりました。こうしてFather ChristmasとSantaは同じような習慣となりましたが、それぞれ異なる名前を持っていたのです。今日でも、イギリスの人々は”Father Christmas”と呼んでいます。

最近の調査によると、イギリス人の51%がサンタクロースのことを‟Father Christmas”と呼び、36%が”Santa”と呼んでいるようです(10%は無回答、3%は別の名前を使用する)。

 

 

関連記事

【最新】人気記事TOP5

イギリス英語TOP5

人気記事TOP5