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イギリスの難民問題

イギリス人は難民についてどう思っているのでしょうか?

ニュースでヨーロッパにいる難民について報道する際、ほとんどの場合はドイツ、ギリシャ、イタリアのことを指していますが、イギリスはどうでしょう?イギリスは最近、多くの難民を受け入れているのでしょうか?

そしてイギリス人は難民について感じているのでしょうか?

では早速これらのトピックについてお話ししたいと思います。

歴史

イギリスには難民を受け入れてきた長い歴史があります。16世紀以降、イギリスに亡命者として受け入れられた多くの集団がいました。実際にその集団を載せるには多すぎるため、いくつかの例を挙げたいと思います。

1670-1700年

ユグノーはフランスの新教徒の人々のことを言い、彼らは17世紀後半にひどい迫害を受けて国を逃れました。そしてイングランド王のチャールズ2世は、約5万人のユグノー達に避難所を提供したのです。

1880-1900年

19世紀末には20万人以上の人々、主にユダヤ人がイギリスにやってきました。その中の多くはポグロムから逃れるためにロシアや他の東欧諸国から来た人々でした。

1914年-1918年

第一次世界大戦中、ベルギーからおよそ25万人がイギリスに非難しました。

1930-1950年代

ドイツや他のヨーロッパ諸国で、多くのユダヤ人がナチスに迫害を強いられ処刑された際、多くの人がイギリスで保護を受けました。約7万人のユダヤ人が戦争が始まる前にイギリスで亡命者として受け入れられ、戦時中にはさらに1万人のユダヤ人がなんとかイギリスへ避難しました。

そしてドイツ、フランス、ベルギー、デンマーク、ノルウェーなどの国からは約10万人がイギリスへ避難し、このうちのほとんどが戦争後に帰国しました。

戦争中多くのポーランド人がイギリスに来ました。しかしポーランドは戦争後にもかかわらず共産主義国となり、その共産主義がら逃げるためにさらに多くのポーランド人がイギリスへとやって来たのです。1940年代と1950年代には、約25万人のポーランド人が難民としてイギリスに来ました。

1990年代

1990年代には自国の戦争により、イギリスで約2,500人のボスニア人と約4,000人のコソバンが亡命を受けました。そして戦争後その中の多くはイギリスに残りました。

冒頭でも言いましたが、この記事では一部の年と人数をピックアップして挙げているため、実際はここにある人数よりもさらに多くなります。

現代の難民

つい最近では、イギリスはイラク、アフガニスタン、ソマリア、ナイジェリアなどからの難民を受け入れています。

皆さんもご存知だと思いますが、多くの人々がシリアから逃げてきています。2015年には、2020年までにシリアから合計23,000人の難民を受け入れることに合意しており、2018年では今までの半分以上を受け入れているようです。

なぜこの数字はドイツなど他国に比べて大幅に少ないのでしょうか?

これは主にイギリス政府が、何十万人もの人々がヨーロッパに移住するのを支援するのではなく、シリアやその周辺国に住むシリア人難民の保護と住居を提供したいと考えていたからです。他のヨーロッパ諸国の政府の多くは‟イギリスは十分に受け入れていない、さらにもっと多くの難民を受け入れるべきだ”と述べています。

さらには、シリアからの難民に加えて別の国から来た数万人の難民がイギリスにやって来ており、2015年にはイギリスに約168,978人の難民がいると推測されています。

イギリス人はこれについてどう感じるのでしょう?

もし15年前に、イギリス人はもっと多くの難民を援助すべきかどうかを訪ねていたら、国民の大半が‟はい”と答えていたでしょう。イギリス人は他人に共感しますが、最近それは変わりつつあります。

2018年、「イギリスが十分に難民を手助けしていると思いますか?」という調査が行われ、以下のような結果が出ています。

多くの支援をしすぎている・・・30%
十分に支援している・・・17%
十分に支援できていない・・・18%
分からない・・・35%

「分からない」を除き、イギリスは支援をしすぎていると感じている人が増え、時間が経つにつれてより多くのイギリス人が難民の受け入れを反対しているように感じます。

では、この変化の原因は何でしょうか?

主な理由は3つあります。一つずつ見ていきましょう。

理由①

まず、多くのイギリス人が、自身を難民だと主張し嘘をついている人が多く存在すると信じています。事実として、安全な国から来ている人達が‟シリア人”であると主張した例がいくつかあり、このような人々は戦争や迫害から逃れてきている訳ではなく、現在よりも良い生活水準を求めているのです。自身を難民だと主張する人がイギリス政府に亡命を認められ、イギリスに居住することが許される例がよくあります。そしてその後、定期的に母国へ帰国し家族の元を訪れています。彼らがイギリスで亡命を要求する理由はなく、実際にこのような人々は難民ではなく‟経済移民”なのが現状です。

フランスには‟カレー”という町がユーロトンネルの近くにあり、フランスとイギリスを結んでいます。多くの移住者たちが高速道路や鉄道の近くで野外宿泊の場所を作り、トラックや電車に乗り込んでイギリスに入国しようと試みていました。2017年10月にはこの集団が約1万人の規模まで広がり、移住者のほとんどが20代と30代の男性でした。

この状況は非常に悪化したため、フランス政府はイギリスに移住者の一部を受け入れるよう要求します。イギリスはこのカレーのキャンプ場にいる、両親のいない18歳未満の子供のみを受け入れると合意し、その結果約500人が受け入れられました。マスコミは子供達がバスでイギリスに到着した時の写真を納めており、その写真はこちらからご覧いただけます。

しかしこの‟子供達”のほとんどが30代の成人男性のように見えたのです。これに対して国民は怒りをあらわにしましたが、政府は引き続き移民を受け入れ、彼らが到着する際には写真などが撮れないよう仕切りを設置して目隠しをしていました。

最近、イギリスの中学生が‟難民”であるクラスメイトの写真をソーシャルメディアに載せ、「なぜ私達のクラスには大人がいるの?」と写真にコメントをしました。この難民は15歳だと主張していましたが、男は30歳で2人の子供がいると他の生徒に話していたようです。実際に彼は30歳であったため、学校から退去させられたことが判明しました。

そして最近ではカレーから容認された‟子供難民”の3分の2が年齢を偽った成人男性であることが分かっています。このような人が多く存在しているため、イギリス国民は「難民である」と主張する人々に対して不信感を抱いています。

また子供の両親は、学校や他の場所が子供にとって安全ではないのではないかと心配もしているようです。

理由②

イギリス国民の一部が難民を受け入れたくない2つ目の理由は、難民として容認された人々の中にテロ行為を犯した人物がいたということです。

2017年9月に、ロンドンの地下鉄で起こった爆破事件を覚えている人も多いと思いますが、幸いにも爆発物が粗製であり正しく作動しませんでした。しかしこの爆発により多くの負傷者が出ました。その後、この爆発物を作った人物が最近イギリスに受け入れられた難民であることが分かったのです。事件を起こす前、犯人の里親は彼が攻撃的そして脅迫的になっていることに気づいていました。

犯人が自身で爆発物を作るための材料を購入していたことも分かっています。死者が出なかったことが不幸中の幸いでしたが、犯人はテロ組織の一員であり、爆弾を作る特殊訓練を受けていたことを認めました。

しかしさらに最悪の事態が2017年にマンチェスターで起こり、これはある難民の息子によって行われました。

この若い男はイギリスで生まれ育ち、両親はリビア出身でしたが数十年前にイラクから逃れてきました。彼らは難民としてイギリスに避難し、子供達はマンチェスターで育ちましたが最終的に両親だけはリビアに戻ることとなりました。そして犯人である息子はその後数年の間に、イギリスとリビアを何度か行き来しています。父親はリビアのテロ組織の一員であり、息子たちは父親と共に戦闘に参加していました。シリア戦争が始まった2014年、イギリス国民は同年8月にイギリス海軍によって救出されました。マンチェスター爆破事件の犯人は、この時イギリス海軍によって救出されイギリスへ連れ戻された人々の中の一人だったのです。

家族がイギリスで亡命を認められ、イギリスで育ち教育を受け、さらにはイギリス海軍に助けられたにもかかわらず、男は爆弾を作って罪の無い多くの人々の命を奪いました。その現場となったのは、若者達が集うコンサート会場でした。イギリス国民は、男の両親がイギリス海軍に救出された難民であることを知らされた時、その事実を信じられませんでした。

これ以外にも難民に関わる事件はいくつかあり、イギリス国民はイギリスに亡命を求める人々がどのような人物なのか懸念を抱くようになりました。

理由③

最後の理由はとてもシンプルです。多くのイギリス人は、イギリスがさらに多くの人々を難民として受け入れることにより、他国の問題は解決できないと考えています。結局これらの問題は、人々が避難してきている国で解決する必要があるのではないでしょうか。貧困を抱える多くの国の人口が増加しており、ますます多くの人々を受け入れ続けることは現実的に不可能です。この状況が続けば、やがてイギリスは難民で殺到することとなるでしょう。

さらに、イギリスには道端で生活をする多くのホームレス、特に30代・40代の元軍人、そして貧しい暮らしをする子供達が数千人といます。現状イギリスには何万人もの人々が助けを必要としている一方で、何万人もの難民を受け入れることは理にかなっていません。しかし、難民申請が却下された人々が国から追放されることはめったになく、多くの人がイギリスに滞在し続けているのです。

この難民問題がEU離脱の原因となったのでしょうか?

多くの人は、難民危機が原因でイギリス国民の多くがEU離脱に投票したことを示唆しています。確かに影響がないとは言えませんが、一部の人々が言うほどではないと思います。

イギリス人は移民(合法移民)と難民は別々に扱い、一緒にする人はあまりいません。多くの人が、イギリス国民は両者の違いを気にしていないと主張しますがそれは間違っています。イギリスの移民問題について詳しく知りたい方はこちらからご覧いただけます。

しかし難民危機については、イギリスで行なわれたEU離脱の国民投票前に伝えられました。難民ついて考える人々にとっての最大の懸念はEU、特にドイツにいる何百万人もの難民たちが、いつかEUのパスポートを与えられる可能性があるということでした。彼らがEU市民権を取得した場合、自動的にイギリスに移住し居住する権利が与えられます。ヨーロッパにいる難民の数を考えると、将来でその可能性があるということを国民は心配しているのです。

しかし先程も述べたように、難民問題が離脱を希望する一番の理由ではありませんでした。国民投票の際、イギリス人にとって他のEU諸国からの合法移民の入国人数の方が重要だったのです。

有名人の叫び

2015年、難民危機が毎日のようにニュースで取り上げられた時、多くのイギリス著名人がイギリス政府に対し、できるだけ多くの難民を受け入れるよう求めていました。ベネディクト・カンバーバッチは、劇場での公演を中断し、イギリス政府がこれ以上多くの移民を受け入れない状況に嫌気がさしたと観客に伝えたのです。またJ.K.ローリングは、イギリス国民が難民を自宅に迎え、国境を失くすべきであると主張しました

有名歌手のリリー・アレンは2015年にカレーの難民キャンプを訪問し、イギリスに入国しようとする十代の難民にインタビューをしました。彼女は彼の話に涙し、イギリスのせいで母国が悪状況になってしまったことを謝罪したのです。さらには彼を難民として受け入れなかったイギリスが酷いと訴えました。

しかし、多くの国民が彼らのような有名人に失望しています。ベネディクト・カンバーバッチは、家には生まれたばかりの子供がおり、難民を受け入れる環境として適切ではないと受入れを拒否しました。J.K.ローリングもいくつかの自宅に18部屋の寝室があるにもかかわらず、受入れを拒否しました。またリリー・アレンは受入れの申請手続きが難しすぎることを理由に拒否しています。世間的に彼らは偽善者のようであり、「私のするとおりではなく、私の言うとおりにしなさい」と言っているようです。リリー・アレンにはイギリスのために謝罪する権利はなく、国民からは彼女は馬鹿だという声も上がっています。

もし労働者階級の人々がこのような方法で難民を援助しなければならないのであれば、莫大なお金と大きな家を持つ有名人の方が彼らを確実に助けることができるはずです。先程述べたようなことを発言している多くの有名人は、難民の受入れが可能かどうかを尋ねられると突然話さなくなるようです。

最後に

これらすべての問題があるにもかかわらず、多くのイギリス人はまだ難民の受入れに前向きな姿勢を見せています。しかし重要なポイントは、彼らが本当の難民を助けたいということであり、特にシリアにいるキリスト教の少数民族集団です。興味深いことにイギリス政府は、キリスト教徒である難民達が大きな危険にさらされているにもかかわらず、彼らの亡命を拒否しており、これにはイギリスの国民も腹を立てています。キリスト教徒の難民は中東で処刑されることが多く、宗教のためにヨーロッパを旅行した際に他の難民によって殺されることも少なくありません。

結論として、イギリス人は以前に比べて難民を受け入れることに躊躇していますが、危険な状態である本当の難民を助けたいと感じているのです。そのためには難民を受け入れる前に、彼らが何者なのかを徹底的に調べることが必要ではないでしょうか。

 

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