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異教徒(ペイガニズム)

古代イギリスの宗教

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近年、多くの人が‟ペイガニズム”に興味を示すようになってきていますが、実際にイギリスでは最も急速に成長している宗教の1つです。しかしペイガニズムが実際に何であるかについて多くの曖昧な点があるようなので、この記事ではペイガニズムとは一体何なのかを自分なりに説明したいと思います。

専門用語

まずペイガニズムの英語での呼び方を見てみましょう。宗教であるペイガニズムは「Paganism」と呼ばれ、この信者を「Pagan(ペイガン)」と言います。

しかしこれらの呼び名には問題があります。Paganism や Pagan はキリスト教徒ではなく異教徒と見なされた人々のことを示しており、中世初期にキリスト教徒によって作られ使用された言葉です。そのため元々PaganismとPaganは軽蔑的な言葉として意図されていましたが、それは一部であり、すべての人から常にそのように考えられている訳ではありません。

もともと「Pagan」という言葉は、キリスト教徒ではない人達を意味します(非キリスト教徒)。そのため、古代ペイガンが信じていたことについては大きな混乱を招いたのです。

誤解

中世初期(5世紀と6世紀)のキリスト教徒は、ヨーロッパ中の人々を転向させようとし、ペイガニズムは冒涜的であると考えていました。そのためキリスト教が、ペイガニズムに対する多くの誤解を生み出すこととなります。

最も大きな誤解の1つは、ペイガンが‟サタン”として知られている悪魔を崇拝しているということですが、これは事実ではありません。悪魔はキリスト教の宗教の一部ですが、古代ペイガンは悪魔を信じておらずサタンを崇拝していませんでした。

そしてもう一つの誤解とは、ペイガンが快楽主義であったということです。 中世のキリスト教信仰者はペイガンには道徳がなく唯物論的であり、未来に関心がないということを教えていました。

また現在も多くの誤解は続いており、キリスト教が依然として主要な宗教であり、ペイガニズムに対する否定的な見方を持っています。 実際に多くの人々(特にキリスト教信仰者)はペイガンを恐れ、ペイガニズムは危険であると信じているようです。

では、古代ペイガニズムとは実際に何だったのか見ていきましょう。

古代ペイガニズムは宗教だったのか?

多くの歴史家がペイガニズムを‟宗教”とは呼びたがりませんが、これには多くの理由があります。

まず、多くの宗教で信者が特定の教え、信念、または規則に従って生活することを要求しますが、古代ペイガンはこれらをする必要がありません。またほとんどすべての宗教には教義がありますがペイガニズムにはありません。

多くの宗教が信念の源として聖書やテキストを使用しており、例を挙げるとキリスト教ではバイブルと呼ばれる聖書があります。しかし古代ペイガニズムには宗教的な本やテキストは存在していませんでした。

最後に、ほとんどの宗教には信者が手本とする中心人物が存在し、キリスト教では‟イエス”がその人物になります。 しかし古代ペイガン達の人生の中で、このような中心人物はいなかったのです。

ご覧のように、古代ペイガンには聖書やテキストはなく、教義もありませんでした。ある規則に従う必要もなく手本とする人物なども信じていませんでした。 このような理由から、ペイガニズムを宗教と呼ぶことは的確ではないと思われます。

では古代ペイガニズムとは何なのでしょう?

キリスト教徒がヨーロッパの主要な宗教となる前、ほとんどのヨーロッパ人がペイガンでした。残念ながら私達はこの時代からペイガニズムについての知識がほとんどありませんが、これは当時書き留められた文書が非常に少ないためです。古代ヨーロッパの人々が‟ペイガニズム”についてどのような言葉を使っていたかは分かりませんが、言葉自体が存在しなかった可能性もあります。これは古代ペイガンには宗教の概念がなかったということが言えるでしょう。

古代イギリス人が奉納をしていた場所が、現在のイギリスの至る所にまだ存在します。

ペイガンであったケルト人には書く習慣がありませんでした。アングロサクソン人はもともとペイガンでしたが7、8世紀にキリスト教徒となり、その歴史のほとんどがキリスト教のアングロサクソン人によって記されていました。しかしアングロサクソン人のいくつかの文書の中でペイガニズムの事細やかな点を言及しており、ローマの歴史家からケルトのペイガンについて少しながら学ぶことができます。ローマ人自身もペイガンでしたが、2世紀初頭からキリスト教に改宗し始め、4世紀初頭にはキリスト教がローマの主要な宗教となりました。

前にも述べましたが「Pagan」という言葉は非キリスト教徒に使用される広義語であったため、すべてのペイガンが同じという訳ではなく一部の人達が互いに異なる信念を持っていました。

中央ヨーロッパ(現代のドイツ)に住んでいた一部のペイガンもまた、「Heathens(異教徒)」と呼ばれていました。

西ヨーロッパ、北ヨーロッパ、中央ヨーロッパの古代ペイガニズムについて話す際、歴史家は「Celtic paganism(ケルティックペイガニズム)」、「Germanic paganism(ゲルマニックペイガニズム)」、「Scandanavian Pagans(スカンディナビアンペイガン)」の3つの地理的グループに分類します。ケルティックペイガンは西ヨーロッパ、特にブリテン島に住んでいた集団で、「Heathens(ヒーザン)」としても知られているゲルマニックペイガンは現在ドイツとして知られている中央ヨーロッパに、スカンディナビアンペイガンはその名の通りスカンディナビアに住んでいました。また、スカンディナビアンペイガンは英語で「Norse paganism(ノースペイガニズム)」と呼ばれることがあります。

しかしこれらの集団には互いにいくつかの大きな類似点がありました。

主な信念

すべてのペイガンが、1人の神だけでなく多くの神を信じる多神教徒でした。古代ペイガンは数千人の神々がいると信じていたと言われていますが、当時残っていた歴史的記録からそのうちの数少ない神々しか私達は知りません。

ペイガンは泉や湖、丘の上のような場所で神々に祈りを捧げ、彼らは好意を得るために神々に多くの奉納をしました。これは主に豊作を得ること、戦いに勝つこと、多産のために行われていました。また、ケルティックペイガンは神々に嘆願するために貴重な品を湖に投げ込む習慣がありました。

あらゆる種類のペイガンにとっては食べ物の奉納も非常に一般的であり、また毎年特定の時期に奉納が行われていました。そして温泉は治療をするための重要な場所であり、そこに住む霊は請願者を癒すと信じられていました。

ケルティックペイガンの神「ケルヌンノス」

ペイガンはキリスト教のように天国と地獄の概念を信じていませんでしたが、来世は信じていたため、先祖崇拝は彼らにとって非常に重要なものでした。また彼らは霊や怪物、死者が住んでいた別世界の「Otherworld(あの世)」も信じていました。ペイガンは太陽や月のような自然現象に関しては非常に迷信的だったようです。

多くの神がいましたが、そのうちのいくつかは他の神に比べて崇拝されており、ケルティックペイガンにとって主要な神の1人は‟ケルヌンノス”でした。このケルヌンノスとは鹿の角を持った動物のような神として表現され、歴史家によると子宝、生命、富、動物の神として知られていたようです。またこの神は、生物界とあの世を行き来できるとも言われていました。

ゲルマニックペイガニズムとスカンディナビアンペイガニズムは非常に似ており、これはおそらく一部のヨーロッパ文化の多くが同じ由来を持っているためだと言われています。

ゲルマニックとスカンディナビアンのペイガニズムの主な神は‟Odin(オーディン)”であり、アングロサクソン人からは‟Woden(ウディン)”とも呼ばれていました。また雷の神として有名な‟Thor(トール)”という主な神も存在し、ハンマーを振り回します。現代では多くの人が有名なマーベル映画を通して、この「トール(ソー)、ロキ、オーディン」という名前を聞いたことがあるかと思いますが、これらは古代ヨーロッパのペイガンからは本物の神として見なされていたことを覚えておいてください。

雷の神‟Thor(トール)”

また、ゲルマンとスカンディナビアのペイガンはエルフを信じ、彼らは人間の姿と超自然的な美しさを持った魔法の存在として考えられていました。ペイガンはエルフが人間に対して無関心なところもありましたが、人間の手助けや反対に妨害することもありました。現代の幻想文学の多くが、このような古代ペイガンの信念を資料の源として使用しています。

すべてのペイガンは自然に対して非常に深い尊敬の念を抱いており、実際に彼らは自然と調和した生活を中心とし、動物や生き物はペイガンによって崇拝されていました。また彼らは肉を食べていましたが、動物や生き物には尊敬すべき魂があると考えていたのです。

古代ペイガンは魔法と超自然界を信じていました。ケルティックペイガニズムの中でドルイドは人々にとって宗教指導者であり、彼らは先導者、教師、医師、司祭として働いていました。ドルイドは魔法をかけ、自然のエネルギーを利用できると信じられ、また予言者のリーダーや通訳者でもありました。

多くのペイガンの信念は非常に立派なものに聞こえますが、一部の信念と実行に関しては非常に恐ろしいものでした。

ペイガンは人身御供を実践したと考えられています。ただし、これは歴史家によるとペイガン文化の中で最も不明確な部分の1つであることを覚えておいてください。何が真実で何が偽りなのかを突き止めることは難しいでしょう。

ローマ人はケルト人が人身御供を広範囲かつ残忍な手段で実践したと述べましたが、ローマ人が敵の悪いイメージを作り上げるために誇張した可能性もあるようです。近年、考古学者はケルティックペイガンが大規模に渡り人身御供を行ったことを証明するには証拠が不十分であると述べ、実際に起こっていたかもしれませんがローマ人の証言より少なかった可能性もあるでしょう。

歴史家によると、ゲルマニックペイガニズムで人身御供は非常に稀なようです。不作や干ばつのような異常な社会事情が起こった時、ケルトとゲルマンのペイガニズムに人身御供があったことが示唆されました。歴史家の中には古代ペイガンが神をなだめるために自ら犠牲になることを志願していたと言う人もいますが、これも真実かどうかを突き止めることは難しいでしょう。しかし時々ペイガンは捕虜を生贄にしていたと言われています。

スカンディナビアンペイガニズムでは人身御供の証拠があります。戦士が亡くなった際、その妻や使用人女性は死んだ戦士と一緒にあの世へ行くために自ら犠牲になることを志願したと言われています。

ペイガンの社会における人身御供に関しては、明確な詳細を知ることは決してないのかもしれません。

私達は古代ペイガンについては多くを知りませんが、この記事で説明するには情報が多すぎます。そこでそれぞれのペイガンの集団によって同様の信念があったということは知っておいてください。しかし中には大きく異なった信念や習慣がいくつか存在し、ケルティックペイガニズムのような異教徒のタイプと同等に地域格差もあったようです。

イギリスの古代ペイガン

ペイガニズムについて他国と比較すると、イギリスには独自の歴史が存在します。これはイギリスがペイガニズムからキリスト教に変わり、そして何度もペイガニズム戻ったためです。

ペイガンのケルト人はローマ時代以前にブリテン島(イギリス)に住んでいましたが、1世紀にローマがブリテン島を侵略した後、ローマ人は2世紀後半にキリスト教を導入し始めました。その後、一部のケルト人はキリスト教に改宗しましたがケルト人の大半はペイガンのままでした。

アングロサクソン人が5世紀と6世紀にブリテン島を侵略した頃、彼らはゲルマニックペイガンをもたらしました。そのためブリテン島ではキリスト教の普及が止まってキリスト教徒の数は減り、最終的には姿を消してしまいました。現地のケルト人の何人かはゲルマニックペイガニズムを取り入れたか、または彼ら自身のペイガニズムと融合しました。

しかし西暦600年にローマ法王は修道士を派遣し、ブリテン島のペイガンをキリスト教に改宗させようとしました。驚くべきことにアングロサクソン人はこれを受け入れ、その後200年以内にはほとんどの人が改宗しましたが、一部の人々はペイガンの信仰のいくつかをキリスト教と合併させました。イースターとクリスマスの起源はペイガニズムにまで遡ることができます。

9世紀にはデンマーク、ノルウェー、スウェーデンからのバイキングがブリテン島を侵略し始め、この時バイキングはスカンディナビアンペイガンでした。バイキングは9世紀半ばまでにブリテン島北部(現在の北イングランド)にある多くの領土を征服し、そこに定住しました。現地の人々はキリスト教からペイガニズムへの改宗を余儀なくされ、ある場所ではブリテン島の一部のバイキングはキリスト教への改宗を選びましたが、そうではない人もいました。他のバイキングの指導者は彼らの領土でのキリスト教を容認していましたが、拡大させることはしませんでした。

しかしブリテン島の古代ペイガニズムは、10世紀初頭にアングロサクソン人が最終的にバイキングを敗北させた後に終わり、ブリテン島に残っているバイキングのペイガン達は徐々にキリスト教徒へと変わっていきました。

この独自の歴史はブリテン島では何百年もの間に渡り、ケルト、ゲルマン、スカンディナビアのペイガニズムの経験を積んでいることを意味します。下の図は様々なタイプのペイガニズムとキリスト教の時代の変化を表しています。

英語の言葉で興味深い点の1つは、特にネイティブのイギリス人が田舎に住んでいる人のことを「Pagan」または「Heathen」と呼んでいることです。彼らにとって悪気はなく単なる冗談のつもりで言っているようですが、自ら言うことはしないでください。「ペイガン」と呼ばれてとても怒る人も中にはいます。この理由は、8世紀のブリテン島の都市に住んでいたほとんどの人がキリスト教徒になりましたが、田舎では一部のグループにはまだペイガンの習慣が残っており、キリスト教徒にはなっていないからです。

ペイガニズムの復活

約1000年後の18世紀、イギリス人は古代イギリスの文化に関心を示し始めましたが、ペイガニズムが再び流行し始めたのは19世紀後半からでした。

歴史家は情報の断片しか入手することができなかったため、ペイガニズムに興味を持っている人々が古代ヨーロッパ人と同じように理解したり、風習を再現することができなかったのです。ヨーロッパのペイガニズムの様々なタイプの要素が併合されていましたが、ゲルマニックペイガニズムが現代の復活に最も強い影響を与えることとなりました。

ウィッカ

20世紀初頭のブリテン島で、ペイガニズムに興味を持った多くの人が集団を作りました。そのうちの一人であったジェラルド・ガードナーという男性は考古学者、素人の人類学者、そして公務員として働いていました。彼はペイガニズムに非常に興味があり、多くの関連科目の専門家となった後、1954年には「Wicca(ウィッカ)」と呼ばれる新しい宗教を導入しました。ウィッカという言葉はアングロサクソン人の古英語が由来で‟魔術師”を意味します。

ウィッカは古代ペイガニズムに基づいていますが、おそらく古代ヨーロッパ人によって実践されていたペイガニズムのスタイルとは大きく異なるでしょう。

魔術と神秘学はウィッカの主な特徴であったため、多くの人は非常に警戒心を抱いていました。1950年代と1960年代のブリテン島の人々は依然としてとても宗教に信仰深く、ほとんどの人がキリスト教徒でした。しかしウィッカが急速に成長を遂げ、やがて他国の人々も実践するようになっていきました。

ウィッカの宗教には、信者が従わなければならない宗教の文書や中心となる人物は存在しません。宗教には多様な信念があり、多くの異なる宗派が時と共に進化してきました。一般的に言うと、ウィッカのほとんどの人が多神教徒ですが、崇拝されている主要の神は2人います。またペンタグラムはウィッカでは魔術のためによく使用されており、ペンタグラムが悪魔のシンボルであるとよく誤解されているようですが、これは間違っています。ペンタグラムとは5つの点を持つ星であり、これらの5つは「水、火、土、空気、精神」の要素を表しています。

ウィッカの人は厳密に定められた倫理的ルールに従っていませんが、彼らの主な哲学は「他人に害を及ぼさない限りあなたが望むことをする」です。これに関連するのがウィッカの魔法に対する考え方です。時々ウィッカの人は、悪行の目的で使われる「黒魔術」とは異なり、彼らが習慣的に実践している「白魔術」のことを魔法と呼んでいます。

ウィッカの儀式は田舎のへき地な場所で満月または新月の時にひっそりと非公式に行われます。非常に神秘的であり、魔法をかけたり呪文を唱え、歌やダンス、ワイン、ケーキと共にゲームに参加する儀式であると言われています。その中の多くの人々がウィッカの信奉者ではなく、ペイガニズムの文化や歴史、雰囲気を楽しむ目的で参加していると言われています。

その他の現代異教徒

最近、自身を異教徒と呼ぶすべての人がウィッカの信仰者ではないということを覚えておいてください。古代と同じように‟ペイガン”という言葉は総称であり、ペイガニズムを定義するのは非常に難しいことではないでしょうか。

ウィッカは最も有名なペイガンの1つですが、異なる習慣や信念を持つ人々は他にもたくさんいます。イギリスには‟ドルイド”と呼ばれる人々もおり、彼らは古代のドルイドと同じ習慣に従おうとしています。

自分自身をペイガンと呼ぶ人は多くいますが、残念なことに彼らはペイガニズムをあまり理解していません。 時々このような人の中に不快な習慣を学び、無礼な態度で振る舞う人がいます。これは当然すべての人にとってペイガニズムの悪いイメージを作り上げてしまうでしょう。

多くの人がペイガニズムに対して独自の解釈をしているため、ペイガンなのかそうでないのかを言うことはほとんど不可能なのです。しかし最近では、さらに多くの本物のペイガンがペイガニズムに悪い名前を付ける人々から距離を置こうとしているようです。

すべての現代ペイガンにとって最も重要な祭の1つに「Samhainサウィン」というものがあり、これは後に「Halloween」として知られるようになりました。現代のハロウィンは元々のサウィンの習慣とは大きく異なり、はるかに商業化されています。したがって多くのペイガンはハロウィンを嫌っていて、彼らは率直にサウィンを祝うだけだと述べています。

Thorのハンマー「ミョルニル」のペンダント。現代、多くのペイガンが身に付けています。

もう1つの重要な祭りに、クリスマスの一部である「Yule/ユール」というものがあります。ユールとは12月21日に冬至を祝うペイガンの風習であり、太陽を歓迎するために開催されています。クリスマスに食べる「Yule Logユールログ」と呼ばれるケーキを知っている人もいるかと思いますが、実はペイガンからの由来があります。かつて、ゲルマニックペイガンは木を切り倒し、大きな丸太を家に持ち込んで火をおこしたと考えられています。その燃えている丸太が太陽の紋章だったのです。

ペイガニズムが知られるようになったのはなぜ?

2001年のイギリス国勢調査によると、42,262人のイギリス人がペイガンであると確認されていますが、その調査では人々に「ペイガン」だけが選択できるオプションを提供され、ウィッカ、ドルイド、その他のペイガンが識別されたオプションがなかったのです。

2011年の国勢調査では人々に、異なる形態のペイガンを選択できるオプションを提供しました。その結果、合計80,153人が何らかの形態のペイガンであり、中でも最も大きな集団は11,766人のウィッカであることが分かりました。

これは10年で、ペイガンであると確認されたイギリス人の数がほぼ2倍になったことを意味していますが、この数が今ではさらに拡大していると考えられています。イギリスにはペイガニズムの信者や支持する人が約25万人だとも言われています。

では、なぜペイガニズムが以前より知られるようになったのでしょうか?

一つの理由としてキリスト教が衰退していることが挙げられます。若い世代の人々は両親と同じ宗教でなければいけないというプレッシャーを感じることがなくなり、古代イギリスの文化や不適合な宗教に興味がある人はペイガニズムを選ぶようになっています。

ペイガニズムは他の宗教のように厳格な規則に従うことを必要としません。 したがって聖典を読むことが嫌いな人や、教会や宗教施設で毎週行われる礼拝に出席しなければならない人にとってはペイガニズムはより魅力的だと感じるかもしれません。ペイガニズムには魔法と複数の神への信仰があることも他の宗教と異なる点でもあります。

では、なぜイギリスでもっと知られるようになったのかについて、私の個人的な意見を挙げたいと思います。

イギリス人はペイガニズムに対して違和感を感じていないと思われます。先程も言いましたが、イギリスにはペイガニズムの長く深い歴史があり、イギリスの文化、歴史、伝統の多くは古代ペイガニズムと織り合わさっています。イギリス人は自然への愛に魅力を感じていて、多くの人が人間は周囲の動物や森林、川と同じように自然の一部であると考えており、これは人間の魂に深入りするようなことです。

つい最近では、先祖代々で習慣的に行われたペイガニズム本来の姿を学び、真似ようとする多くのイギリス人がいるようです。戦いに勝つためや収穫を得るために祈る必要はありませんが、今も彼らは周囲との繋がりを感じるために先祖が礼拝を行っていた場所を訪れたいと望んでいます。

以上長くなりましたが、この記事がペイガニズムをさらに理解できるように役立てたらと思います。

 

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