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シティ・オブ・ロンドンについて

「ロンドン」が2つあることを知っていましたか?

タワーブリッジ

イギリスに‟ロンドン”と呼ばれる都市が2つあることをほとんどの人が知りません。今日はその2つの都市の歴史と、おもしろい情報について見ていきたいと思います。

元祖ロンドン

ローマ人が約2000年前にイギリスを占領した時、コルチェスターと呼ばれる首都をイギリス東部に造りました。この都市は、紀元後60年にブーディカ率いるケルティックの反乱によって破壊されてしまいました。(‟ブーディカ”について詳しく知りたい方はこちらをクリックしてください)

コルチェスターが崩壊された後、ローマ人は別の都市に移ることを決めました。その新しい都市は‟ロンディニウム”と呼ばれ、テムズ川沿いに位置していました。

ロンディニウムの力が強くなる

ロンディニウムの面積はわずか約2.9㎢と、かなり小さな町でした。しかしローマ人は都市を安全に保つため迫力のある壁を作り、それはイギリスの金融機関の中心の場所となりました。ローマ人が紀元前440年頃にイギリスを去った後も、ロンディニウムは他国との取引を続けていました。こうしてロンディニウムはヨーロッパで最も権力のある都市の1つとなったのです。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/e/e6/London_Wall_fragment.jpg

ロンディニウムの壁の遺跡

1066年

この‟ロンディニウム”という名前はやがて‟ロンドン”へと変わっていきます。ウィリアム1世が1066年にヘイスティングスの戦いでハロルド(イングランド王)に勝利した後、彼はすぐにロンドンの街を訪れ、自ら自分はイングランド王であると宣言したのです。ウィリアム1世はこの壁を理由にロンドンと戦うのを拒みました。そこでウィリアム1世はロンドンのリーダーと取引をします。彼らがウィリアムを王として権力を認めた場合、ロンドンを存続させることができるというのです。

ロンドン塔

街はウィリアムの申し出を受け入れましたが、ウィリアムはロンドンの人々を完全には信用していませんでした。これが原因となり、彼は自身の権力を統合するために都市の外に塔を建設しました。その塔は現在、‟ロンドン塔”として知られている歴史的建造物です。

新しいロンドン

やがてロンドン周辺には新しい町が現れました。たくさんの王がロンドンの権力の強さを懸念し、最終的にロンドンの近くに張り合うようにウェストミンスターと呼ばれる新しい都市が造られました。すべての政府機関はウェストミンスターに位置しており、時間と共に近郊すべての町が拡大し合併していきました。そして元の都市であるロンドンは、さらに大きな都市によって囲まれていたのです。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/3/39/Map_of_London%2C_1300.svg

1300年 シティ・オブ・ロンドンの地図

シティ・オブ・ロンドン

元のロンドンは‟the City of London”として知られ、それを取り囲む新しい大都市は‟Greater London(グレーター・ロンドン)”と呼ばれていました。the City of Londonの元の壁はほぼなくなりかけていたため、2つのロンドンの境界線を見分けるのは難しくなっていました。もしロンドン塔の周辺を観光したことがあれば、この紋章を一度は目にしているかもしれません。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/d/d9/Coat_of_arms_of_city_of_London_-_Blackfriars_station.jpg

the City of Londonの紋章

また、the City of Londonには独自の国旗もあります。

The City of Londonには多くの有名な建物があります。ロンドンのあの有名な橋‟タワーブリッジ”は町の中に位置していませんが、the City of Londonの管轄になっています。

2つのロンドンの違い

The City of Londonには市長と専属の警察官がいます。また異なる税制があり、多くの古い同業組合と、力のある大きな企業の本拠地もあります。The City of Londonはヨーロッパの金融機関の心臓部なのです。

シティ・オブ・ロンドンの夜景

イギリスの女王(王)は、the City of Londonに入ることができません。行く場合にはまず、市長の許可を得る必要があります。この習慣は11世紀のウィリアム王の時代にまで遡り、すべての新しい王と女王がthe City of Londonの地位を正式に把握していなければならないのです。

現在、the City of Londonには約9,400人、グレーター・ロンドン地区には約880万人の人が住んでいます。

ロンドンを観光する際に、街の境界を守る小さなドラゴンの像が見えたらここからが‟the City of London”であるということを意識してみてください。

 

 

Image credit: London wall fragment by John Winfield [CC BY-SA 2.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.0)], via Wikimedia Commons

Map of London,1300 by Grandiose (Own work) [CC BY-SA 3.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0)], via Wikimedia Commons

Coat of arms of city of london by [https://www.flickr.com/people/42068335@N08 Ram�n Cutanda L�pez] from Espa�a [CC BY-SA 2.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.0)], via Wikimedia Commons

 

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