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イギリス発祥のスポーツ「サッカー」

サッカーの由来と歴史

サッカーは世界で最も人気のあるスポーツです。今日はその歴史と共にサッカーがどのようにして始まったのか、また‟Football”か‟Soccer”どちらの呼び方が世界で多く使われているのかを見ていきましょう。そしてなぜイギリスには4つの国のサッカーチームがあるのか​​も一緒に見ていきましょう。

サッカーの起源

日本では‟けまり”、中国では‟しゅくきく”と呼ばれるサッカーのようなスポーツが行なわれていました。ヨーロッパでは約2000年前、ローマ人がハルパストゥムというサッカーに似たスポーツをしていました。その後、中世のヨーロッパでは多くの町や村で別の形式のサッカーが広まります。通常は大きく膨らんだ動物の膀胱で作られたボールを使用していました。

皆さんが知っている現代のサッカーは、イギリス発祥のスポーツです。19世紀半ばには、有名な私立学校の生徒達がいろいろな形式のサッカーをして遊んでいました。しかしサッカーをする人は少なく、労働者階級の人々は週に6日間働いていたため、このようなスポーツをする時間はありませんでした。やがて、イングランドの色々な地域で多くのサッカークラブができましたが、ルールは様々で色々な方法で楽しまれていました。1863年には、各クラブの代表者がロンドンにあるFreemason’s Tavernと呼ばれる建物に集まり、サッカーのルールを決めるFootball Association(フットボール協会)が開かれました。この時サッカーは、‟Association Football”と言う名前で知られていました。

Soccer

「Soccer」の名前の由来はラグビーに関連しています。

ラグビーは19世紀、イギリスでも人気のスポーツでした。イングランドにあるラグビーという町のラグビー校が発祥となっています。そして1871年には、ラグビーの新しいルールが‟ラグビーフットボール協会”により決定されました。その後ラグビーは、‟Rugby Football”として多くの人に知られるようになりました。

しかし、Association FootballとRugby Football の名前は似ており、混乱を避けるために新しい名前が使われます。Rugby Footballは‟Rugby/Ruggers”、Association Footballは‟Soccer”と呼ばれるようになりました。Soccerという言葉は19世紀後半、イングランドの私立学校に通う学生(上流階級)だけが使用していた言葉であったことを覚えておくとよいでしょう。労働階級の人が使うことはなく、つまり大多数の人が使ったことのない言葉でした。19世紀の終わり頃にイギリスの労働法が変更されたことにより、子供たちにはサッカーのようなスポーツができる自由時間が与えられました。その後すぐ、イギリスのほとんどの人がサッカーを始め、このスポーツは‟Football(フットボール)”と呼ばれていました。

Football vs Soccer

後にサッカーは他の多くの国でも人気になり、特にヨーロッパでは、Footballという言葉が使われていました。しかしアメリカやオーストラリアなど一部の国では、すでに「Football」と呼ばれる別のスポーツが存在していたため、これらの国では「Soccer」と呼ばれるようになったのです。

では現在どちらの呼び名が多く使われているのでしょう?

答えは「Football」です。

実際のところ「FIFA」の意味を知らない人がたくさんいます。これは “Federation Internationale de Football Association”の略です。

‟Soccer”と呼ぶ主要国はアメリカ、カナダ、日本、アイルランド、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカです。

シンガポールやフィリピンのような他のアジア諸国では‟Football”と‟Soccer”の両方が使われています。

ある人がインターネット上で、どの国がどちらの言葉を使っているかを示す世界地図を作成しています。中にはFootballやSoccerではない、まったく別の言葉を使用する国もあるようです。是非こちらからご覧ください。

ヨーロッパの人、特にイギリス人はSoccerという言葉を使いません。彼らにとってSoccerはアメリカ人という印象が強いようです。

なぜイギリスには4つの国のサッカーチームがあるのでしょう?

これを疑問に思っている人は多いでしょう。(イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド)

オリンピックでは、イギリスのサッカーチームはTeam GB (イギリス)の1つしかありません。

ではそれは何故でしょう?

これは主に歴史的な理由によるものであり、1863年にFootball Associationができた際、サッカーのルールはどこの地域で適用されるのか特定されていませんでした。Football Associationはイングランド、イギリス、またはイギリス帝国のどこを境界とするのかを決めていなかったのです。しかし数年後にはこの問題は解決し、1873年に「Scottish Football Association」が設立されました。そして1876年には「Football Association of Wales」、1880年に「Irish Football Association」が設立されました。このようにイギリスはそれぞれの国の代表チームがあり、この4チームは‟Home Nations”として知られていました。

アイルランド共和国が1922年にイギリスから独立した際、FIFAはHome Nationsがその権限外であることに同意しました。 1923年にアイルランド共和国と北アイルランドにはそれぞれのナショナルチームがありました。

これはイギリス内の各国が独自のナショナルチームを保持することが許可されたことを意味し、International Football Associationはこれを変えることができませんでした。それに加え各国が合併したいという希望はなく、彼らは自身のアイデンティティを大切にしたいと考えていたのです。

また、イングランドは1966年のW杯で優勝した唯一のHome Nationsの国です。他の国も過去にW杯に出場していますが、優勝したことはありません。

オリンピックで、Team GBとして代表にされることにイギリス全ての国が渋々同意しているようで、これは多くの論争を引き起こしています。

 

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