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イギリス人とポピーの関係

11月にイギリス人が胸元に付けるポピーの意味は?

毎年11月になると多くのイギリス人が‟Poppy(ポピー)”と呼ばれる小さな赤い花を胸元に身に付けます。ではなぜこのバッジを着けているのでしょう?そしてこの花の由来は?この記事で詳しく見ていきましょう。

※日本語ではポピーのことを「ケシの花」と言います。

リメンバランス・ポピー

“ポピー”の正式名称は 「Remembrance Poppy(リメンバランス・ポピー)」です。イギリス人は、紙で作られたポピーの花を約2週間胸元に身に付けます。その期間は一般的に、10月の最終週から11月11日までです。

ポピーが意味するものは?

第一次世界大戦の戦没者すべての人達(イギリス兵士やボランティア)を追悼するために身に付けられます。第一次世界大戦は1918年11月11日に終戦しました。このバッジを身に付けた人々は、戦争で命を犠牲にしたすべての人に対して感謝の意を表します。

第一次世界大戦

第1次世界大戦は1914年7月に始まり、1918年11月に終戦しました。この時連合国であった大英帝国、フランス、イタリア、ロシアは、中央同盟国であったドイツ、オーストリア=ハンガリー帝国、オスマン帝国と戦争をしました。また日本は連合国の味方として戦い、アメリカもその後、1917年に連合国側の争いに加わることとなります。

この戦争では約744,000人のイギリス兵士、船員、パイロットが命を落とし、さらに紛争によりイギリスの民間人16,829人が殺され、栄養失調や戦争によって発症した病気で107,000人の民間人が亡くなりました。

※この人数にはカナダ、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ、その他イギリスの植民地の死傷者は含まれていません。

原点

ポピーは‟イギリス発祥のもの”として最もよく知られていますが、実際は違います。

第一次世界大戦中の1915年に、カナダ軍医師のジョン・マクレイ陸軍中佐は「In Flanders Fields(フランダースの野に)」という詩を書きました。フランダースとはベルギーにある地域の名前であり、第一次世界大戦で主要な戦場となった場所の一つでした。ジョン・マクレイの親友の一人が1915年5月の‟第二次イーペルの戦い”で命を落とし、マクレイは彼の葬儀の直後にこの詩を書いたのです。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/a6/Johnmccraememorialbookcloseup02.JPG

詩の中でポピーについて言及されている理由は、戦争で地面が大砲により完全に破壊されすべての植物が泥に埋もれてしまいましたが、その後唯一そこに咲いたのがポピーの花であり、兵士の墓の近くでは特に多くのポピーが花を咲かせたのです。この詩は1915年12月にロンドンの雑誌に掲載され、非常に人気を集めました。

終戦直前の1918年11月9日、アメリカ人女性モイナ・マイケルも「We Shall Keep the Faith」という詩を書いています。彼女は大学の教授でしたが、戦争のボランティアのためにニューヨークへ行きました。ジョン・マクレイの詩の影響を受け、彼女もまた自分の詩を書いていたのです。そしてモイナ・マイケルは、戦没者すべての人を忘れずにいようと赤いポピーを身に付けることを誓いました。

戦争が終わった頃、彼女はジョージア大学に教授として戻りました。彼女は戦争中に兵士であった多くの人に教えていましたが、彼らは怪我の後遺症で身体障害者となってしまいました。彼女は彼らのために資金援助が必要だと気づき、その資金を集めるためにポピーの販売を始めます。そしてそのアイデアは見事成功し、1921年には何人かの売り手をロンドンに送り、資金を調達しました。

この時、ダグラス・ヘイグ陸軍元帥と呼ばれるイギリス軍司令官が‟The Royal British Legion”という新しい慈善団体を設立しました。ダグラス・ヘイグは戦時中のイギリス最高陸軍司令官の一人であり、彼は戦後に民間人の生活に戻った兵士達をとても気にかけていました。彼は元兵士全員とその家族に支援を提供するために慈善団体を設立したいと考え、ダグラス・ヘイグがモイナのポピーを見た際、これをその団体である‟The Royal British Legion”のシンボルとして起用したいと考えたのです。

ダグラス・ヘイグ陸軍元帥

その後、多くのイギリス人がすべての戦没者を覚えておくため、毎年11月にポピーを身に付けるようになり、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドでも起用されました。

現代のポピー

オリジナルのポピーはシルクで作られていましたが、間もなくして紙の方が効率が良いと判断されました。

イギリスのポピーは赤色の紙でできており、葉も緑色の紙で作られ茎はプラスチック製です。カナダ、オーストラリア、ニュージーランドのポピーも似ていますが、外観は少し異なります。

多くの人がスーパーマーケットや公共の場で、ポピーを売るボランティアを行なっており、このキャンペーンは‟Poppy Appeal (ポピーアピール)”と呼ばれています。

ポピーを身に付けることができるのは誰?

誰でも身に付けることができます。イギリスの人々は、イギリス人に限らず誰もが身に付けていることを快く思っています。

またほとんどすべてのニュース記者とテレビ司会者が、10月末から11月頭にかけてポピーを身に付けています。

人々が寄付する額は?

寄付金の最低額は決まっていませんが、1ポンドが奨励されています。実際に多くの人が、5,10,20ポンドを寄付しているようです。

また何人かは、紙製より少し高い金属製の特別なポピーのバッジを購入していますが、紙製ではないため毎年同じものを使うことができます。

集まったお金はすべて、現役の軍隊と過去の兵役経験者を支援するために‟The Royal British Legion”に与えられ、また身体障害者や亡くなった兵士の家族にも寄付されています。

ポピーは第一次世界大戦だけを思い出すためのもの?

ポピーの由来と主な目的は、第一次世界大戦のイギリス兵士を覚えておくことですが、第二次世界大戦から現代までに起こった紛争で命を落とした人々を追悼するためにも使われています。

全員がポピーを身に付けている?

ポピーを付けたくないという人は付ける必要はありません。実際に何人かのテレビ司会者はこれが義務化されていると感じていたため、身に付けることを拒否しました。これに対して一部のイギリス人は、テレビ司会者が身に付けないのはおかしいと批判していますが、一般の人は付けなくても否定的に感じることはありません。

白いポピー

近年では赤色だけでなく白色のポピーも販売されています。しかし全員が白いポピーが好きなわけではありません。

それはなぜでしょう?

白いポピーを作った人々は平和主義の象徴だと主張していましたが、白いポピーによって集まったお金は兵役経験者やその家族には寄付されていません。多くの人々は、白いポピーは11月に赤いポピーに反対するよう促進されていると考えており、それは‟The Royal British Legion”から注意をそらすためであると言われています。

白いポピーを身に付けている人々の中には、赤いポピーは戦争を美化しているとも言われていますが、これは間違っています。赤いポピーは戦没者を覚えておくための象徴であり、戦争を許すことではありません。

また紫色のポピーもあり、それは第一次世界大戦で命を落とした馬など、すべての動物を追悼するためのものです。

終わりに

第1次世界大戦の終戦からちょうど100年たった今年の2018年は、特にポピーが話題となる年でしょう。なのでこの時期にイギリスに行けば、これまで以上にポピーを目にする機会が多くなるかもしれません。

これで、もしポピーを身に付けているイギリス人を見かけたら、その意味が理解できますね!

 

 

Image Credit: Remembrance Poppy by Pete via Flickr

Johnmccraememorialbookcloseup02 by Lx 121 [CC BY-SA 3.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0) or GFDL (http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html)], from Wikimedia Commons

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