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イギリスの歴史「中世後期」 Late Middle Ages 1326 – 1453 AD

イングランドとフランスの間で起こった「百年戦争」

エドワード2世は1300年代初期でイングランドとウェールズの王でした。彼もまた、フランス南部にいくつかの領土を持っていました。1325年、エドワード2世は平和条約の交渉のために妻であったイザベラ女王(イザベラ・オブ・フランス)をフランスに送りました。イザベラ女王はフランス人で、フランス王のフィリップ4世の一番下の娘でもありました。しかしイザベラはエドワード2世を裏切り、1326年には小さな軍隊と共にイングランドを侵略します。そしてエドワード2世は捕らえられ、退位を余儀なくされたのです。彼とイザベラの息子のエドワード3世が14歳にして、1327年にイングランドの新しい王となりました。エドワード3世の領土には、ウェールズ、アイルランドの一部、そして南フランスの一部が含まれていました。

アイルランド

私はこれまで、歴史の記事の中でアイルランドについては言及してきませんでした。簡単に言うとアイルランドは12世紀後半、イングランド王であったヘンリー2世によって侵略されています。これによりアイルランドの一部は征服され、1177年から数百年間はイングランド王の支配下となりました。この時代は‟ノルマン・アイルランド”と呼ばれていましたが、多くの地域が征服されず、現地のアイルランド人の支配下にありました。

百年戦争

1328年、フランスの王が亡くなりました。王はエドワード3世にとって最も近い親族でしたが、母親のイザベラの息子であったため、エドワード3世の王位継承権の要求は通りませんでした。そこで、フランス人であったフィリップ6世がフランスの王となります。この数年後、エドワード3世は1333年にスコットランドを侵略し、数々の成功を収めました。そして新しい領土をいくつか手に入れることができましたが、すぐに手放してしまうことになります。

エドワード3世

この頃、フランス王であったフィリップ6世はスコットランドと親密な関係にありました。そして、まだ南フランスに領土を持っていたエドワード3世はフィリップ6世の臣下であったため、エドワード3世がフィリップ6世の同盟国を攻撃することは許されなかったのです。しかし、エドワード3世がスコットランドを攻撃したためにフィリップ6世は1337年、エドワードはフランスの領土を失うであろうと伝えました。これに対してエドワード3世は激怒し、これ以上フィリップの臣下にはならないと決断したのです。その後間もなくして、エドワード3世はフランスの王位への権利を要求し、これが百年戦争の始まりとなりました。 1340年、エドワードは自身を「イングランド、フランス、アイルランドの王である」と自称していたのです。(この中にはウェールズも含まれていました)

1415年に起こった「アジャンクールの戦い」

この戦争は「百年戦争」と言われていましたが、実際には約120年続いていました。また、イングランドやフランスには金銭的な余裕がなく、戦いは絶え間なく続きませんでした。1337~1453年の間に発生したイングランドとフランス間の紛争には主要な時期があり、この間にイングランドとフランスでは、王位継承により何度も王が変わりました。大半の紛争はフランスで起こり、最終的に1453年にはフランスが勝利を収めることとなります。イングランドの王はフランスには勝てないと確信し諦めることとなります。しかしこの紛争が、イングランドの強い国民性を生み出す手助けとなったのです。

黒死病

1340年代でこの伝染病がイングランドで広がり、1349年にはイングランドの大部分、そしてウェールズとアイルランドの一部も汚染され、間もなくしてスコットランドにまで広がりました。この黒死病で死亡した人数は不明ですが、多くの歴史家によると国の25〜45%の人が亡くなり、人口は約400万人から約250万人まで減少したと言われています。この事態は食物を栽培する人の減少にも影響を与え、その結果、労働者の賃金が上昇しました。黒死病はその後もイングランドで何度か発生しました。

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