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アーネスト・ヘンリー・シャクルトン Ernest Shackleton

忘れられたイギリスの英雄

名前:Sir Ernest Henry Shackleton
サー・アーネスト・ヘンリー・シャクルトン

出身:アイルランド、キルデア州(当時イギリスの一部でした)

誕生:1874年2月15日

死没:1922年1月5日

職業:探検家

アーネスト・シャクルトンは、最も有名なイギリス人探検家の1人であり、特に南極探検でその名を広めました。

シャクルトンは、アイルランドのダブリンから46マイル離れた場所で生まれました。彼の家族はアングロアイリッシュであり、父方の家族はイギリスのヨークシャーから、母方の家族はコーク州とケリー州から来たアイルランド人でした。シャクルトンが10歳の時、家族はロンドンに移住します。彼は読書に夢中になり、将来探検家になる夢を持っていました。しかし彼は勉強が嫌いで、16歳の時に船員になることを家族が許したため、学生生活を終えます。

彼は “Houghton Tower(ホートン・タワー)”と呼ばれる船の船員となり、その後の4年間の間に世界中の様々な人達と出会います。彼は非常に腕の良い船員だったために昇格し、1898年には「マスター・マリナー」に認証されました。世界中のどこからでもイギリス船を指揮できるという資格を与えられたのです。シャクルトンは色々な知り合いを通じて、1901年には南極探検の申請に通り、船の3等航海士を与えられました。

1901~1904年の最初の遠征の間、彼は有名な探検家‟ロバート・ファルコン・スコット”のもとで務めました。しかし、シャクルトンの健康状態が思わしくなかったためにすぐに帰国しなければなりませんでした。そして、その後の1907年に彼はもう一度探検家として遠征に参加します。この遠征で彼とその仲間達は、最南端である南緯88度の地点に到達するという新しい記録を更新することに成功しました。遠征は1909年まで続いた後、彼の功績を称え、エドワード7世によってロイヤル・ヴィクトリア勲章とナイトの称号が彼に与えられました。

そしてシャクルトンは3度目の遠征をすることを決めます。この遠征では南極を歩いて横断する‟最初の人”になることが彼の目標であり、今までこれを成し遂げた人はいませんでした。1914年8月、シャクルトンと27人の船員たちは‟Endurance”という船に乗って出発します。しかしこの遠征が後に大参事となり、南極に向かう途中で氷が邪魔をして身動きがとれなくなってしまったのです。そこでシャクルトンは、春まで氷が溶けるのを待ち、冬の間はこの船の中で過ごすことに決めました。そしてようやく春が来て、目的地へ向かおうとしましたが依然として船を動かすことは不可能でした。

しかし崩れた氷に挟まれ船体に大きな圧力がかかったため、船は1915年11月21日に沈没してしまいます。救命ボートや補給品などすべての器具を取り出す時間は十分にあったため、船員は無事でした。そして救命ボートが‟ポーレット島”まで漂流することを望み、約2ヶ月の間氷の上で待ち続けました。 1916年3月17日の時点で、島から僅か60マイルの所まで到達していましたが、氷のせいで彼らは横断することができませんでした。その後すぐに、彼らがとどまっていた氷が崩れ始めます。

「Endurance」が沈没した時

シャクルトンは男性達に救命ボートを使って一番近い陸地まで漕ぐように言いました。荒れた海で5日間過ごした後、1916年4月14日にようやく彼らはエレファント島に到着し、497日ぶりに地面に足をつくことができました。エレファント島は船が沈没したところから約557km離れていたため、救助の望みはほとんどありませんでした。そこでシャクルトンは5人の仲間と共に最も頑丈な救命ボートに乗り込み、助けを求めに行きました。残りの男性達はエレファント島で彼らが戻るのを待ちました。

シャクルトンと5人の仲間たちは1916年4月24日にエレファント島を出発し、2週間後にサウスジョージアという島に到着します。そして彼らは歩き続け、1916年5月20日に捕鯨基地に到着し、人の助けを得ることができました。シャクルトンは仲間を助けに行くためにできるだけ早くエレファント島に引き返そうとしましたが、3度も氷が船を立ちはだかりました。8月30日ようやく彼らはエレファント島に到達し、船員全員が無事でした。凍傷によって苦しんだ人もいましたが、この過酷な状況で全員生き残ることができたのです。

シャクルトンの南極横断は失敗に終わりましたが、彼のおかげで全員が生還を果たしました。船員の多くが、彼のリーダーシップと勇敢な行動によって立ち向かうことができたと信じていました。シャクルトンは数年後の1921年に再び南極に戻ろうとしましたが、翌年の1月5日に致死的な心臓発作で亡くなり、彼はサウスジョージアに埋葬されました。

アーネスト・シャクルトンは真の英雄で偉大な探検家の一人でしたが、残念なことにイギリス国民の記憶から忘れ去られていました。イギリス人の多くが彼の偉大な功績を知りませんでしたが、近年では歴史家などが彼の功績を世間に広めたことにより、シャクルトンの素晴らしいライフストーリーを学ぶ人が増えてきているのです。