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ホレーショ・ネルソン Admiral Nelson

世界で最も有名なイギリスの海軍「ホレーショ・ネルソン」

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/7/72/HoratioNelson1.jpg

Name:
名前:
Admiral Horatio Nelson
海軍提督ホレーショ・ネルソン
Born in:
出身:
Norfolk, England
ノーフォーク・イングランド
Born:
誕生:
29th September 1758
1758年9月29日
Died:
死没:
21st October 1805
1805年10月21日
Occupation:
職業:
Naval Officer
海軍士官

ホレーショ・ネルソンはイギリス海軍士官の中でも、最も有名な一人として知られています。

彼は細やかな家庭に生まれ、ハイランクの士官を務めていた叔父の勧めで海軍に入りました。ネルソンはかなり早いスピードで上官へとランクを上げ、指揮艦を得ました。

彼は海軍戦術のマスターとしての評判はよかったのですが、病気に苦しむこともよくありました。海軍は不安定な職で、失業の問題にも直面します。

1700年代後半になると、フランスとの戦争が始まりとても忙しくなり、失業問題は払拭されました。ネルソンは地中海へ配属され、大きな成功をおさめることに成功します。1797年にはスペイン港への攻撃を命じられますが、これには敗れ100人以上もの兵を失い、ネルソン自身もこの戦いで右腕をひどく負傷し、切断を余儀なくされました。回復することが最優先とされたため、彼はイギリスに帰国したのです。

1年後に再び海軍に戻り、ナイルの海戦でフランスを撃破します。1801年バルト海に送られますが、ここでもまたデーン(デンマーク)に勝利します。

この間にはナポレオンが大きな成功を収めており、フランスがヨーロッパの支配的権力を持つことを恐れられていました。イギリスはフランスからの侵略を恐れ、様々な海上封鎖(他国の港湾に船舶が出入港するのを阻止すること)を試みたのです。

そして海軍はフランス同盟国のスペインを標的としました。

1805年、ネルソンはスペイン南部のカディス港を封鎖するよう命じられます。

1021日にイギリス海軍はスペインとフランスに遭遇します。イギリスは33隻、フランスとスペインは合わせて41隻の船舶を持っていました。ネルソンはこの状況でイギリス軍の立場を利用し、攻撃を開始しました。彼の戦略により、1隻も船を失くすことなく勝利を収めます。この勝利でイギリス軍は10隻のフランス船と、11隻のスペイン船を手に入れ、1隻のフランス船は戦争中に撃破されました。

戦争中、提督を務めていたネルソンは船があるデッキまで歩いて向かっていました。その時、フランス軍の狙撃兵が提督の制服を着ていたネルソンに気付き狙撃しました。その時ネルソンは一命を取り留め、その後もメインデッキから寝た状態で指揮を続けていました。少し経ったあとに、彼は亡くなり、最後の言葉は「Thank God I have done my Duty – 神に感謝する、私は義務を果たした」だったそうです。

フランスは再度攻撃することを諦め、ナポレオンはこの侵略はもう忘れようと決意しました。ネルソンのこの勝利はイギリス海軍の中で最高の大勝利となりました。

現在、ネルソン提督のユニフォームはロンドンにある海洋博物館にて展示されています。また、トラファルガー広場の塔の上にある銅像はネルソン提督のものです。ロンドンに行く機会がある方は是非見てきてください。この地域の名前は有名な一戦から名前が付けられました。

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Image Credit: Lemuel Francis Abbott [Public domain], via Wikimedia Commons